アイスクリーム強迫観念


 Ice Cream Complex
June 14th, 2011

2011年7月から僕は直感的に生きることを決めた。

ひとつの時代が終わり、いよいよ新時代の幕開け到来である。

それはいままでのいつの時代の僕でもない。

そのために多くのものを捨てる。
新しいスキルを習得する。

僕にとってのZERO年だった2009年の後始末にようやくなんとか決着がつく。

必要なのは「切り替えスピード」。

直感的に生きる = 本能に従う ではない。

本能に従ってだけいては周りが見えなくなって問題を起こしかねない、
理性に従ってだけいては新しいものは何も生まれない。

要するに、
理性も大切。
欲に忠実に生きることも大切。
我慢も必要、大胆さも必要。



すべての事にはメリットがあり、デメリットもある。

ふたつのバランスを本能的にうまく実行できる人ではないから、
こうやって活字にして脳を整える。
そう、そう。
目的を設定し、実行しようと意気込むことに意義がある。

ロジックとセンス、理性と本能、右脳と左脳を、超高速に行き来するハイブリッドな感覚を鍛えなければいけない。

どっか抜けてる方が愛おしく感じる。
一方ではパーフェクトを求める。

経営側はロボットを求めつつ、消費者側は人間味を求める。
クールに憧れるが、笑顔でいた方がなんか気持ち良い、でもクールに憧れるみたいな。
謙遜が過ぎるとかえって嫌みにとられることもある。
けれどエゴは嫌悪される。

市場調査して統計的にニーズに答えるだけではいけない。
自分から発信して新しいものを生み出さなければつまらない。

こうした矛盾は、あらゆる物事を複雑化にする根源であり、いくらテクノロジーが進んでも解決しない。
この矛盾に僕は2009年やられた。

簡単に言うと、
根本的に履違えていたあらゆる複雑な問題が同時多発的に表面化し痛感させられた、のである。
この中には人に言えないようなことも含まれている。
 
そして、21世紀的事業の代表格であるコールセンターの問題でもある。
僕は21世紀中に必ず問題は表面化すると考える。

結局のところ、
理解できるか、理解しようとするかどうか、それだけのように思える。

カウンターカルチャーとは、生真面目への反抗である。

真面目腐った官僚社会への反抗。

「ロボットじゃないんだから」
と誰もが感じたことのある不満。

どんな不幸からも喜びを拾い上げ笑って暮らすユーモアを誰もがもっている。

いろんな尺度、価値観が蠢く。

すべては複雑で一筋縄でいくことなど一つもない。


2009年後半から2011年前半まで。
僕は完全に行き詰まった。
それまでの生き方を否定する出来事が同時多発的に起きた。
これについては、積極的に触れたくない。
ふぅ~、一体これは何の修行だ?
僕は平穏を保てない、極端な勘違いの塊で、老いや死に抵抗できない。
僕はただカウンターがしたい。
そこにしか美学はないと思ってる。悪いか?
そして、いつしか強迫観念に取り憑かれるようになった‥‥

おいおい、そんな時はとりあえずBATTLESでも聴け!
タイヨンダイが脱けた?
そんなん関係ない。
いいものはいい。
それだけ。

BATTLES - Ice Cream from CANADA on Vimeo.

   Ice Cream (Featuring Matias Aguayo) by BATTLES